第二章:不通の節理

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私は深々とおじぎをしてお礼を言ったあと、カップを手に取った。 透き通った茶褐色の液体からは、りんごのような柔らかく甘い匂いがする。 一口いただくと、ほんのり苦味はあるものの、じんわりと身体に染み込む温かさが心地よかった。 「茶葉はカモミールを使っているの。リラックス効果があるのよ」 私の対面で優雅にカップを傾げる舘峨家先輩。 「はい。何だか体がポカポカします」 正直な感想に先輩は目を細め笑みを浮かべた。 表面上、私の対応も相手の反応もうまくいっているように思える。 しかし、その実、舘峨家先輩はまるで気を許してはいなかった。 値踏みでもしているのか、私の頭の天辺から爪先まで舐めるように嬲り見ている。 口元には作り物然とした笑みが張り付いているが、その目はまるで笑っていない。 自然と緊張感が増し、筋肉が強張る。喉がカラカラ、声が出ない。 リラックス効果って何? 美味しいの? 「貴女、オカネさん……だったかしら」 何よ、その現金な名前は。 「アカネさん、ですよ舘峨家さん」 「あら、それは失礼、茜さん」 苦笑いしか出来なかった。何かと肩入れしてくれる真那智先輩にお礼すら言えない体たらくだ。 「時に貴女、そう茜さんよ。どこかで聞いた名前だとお思いなりましたのよ。笹鳴さんが時折貴女のことについてお話なさっていたのよ」 冷や汗を拭き取りつつ、口と尻の軽い女を盗み見る。笹鳴さんは軽く目を見開いたまま凍りついていた。 「一年生の間では、とても慕われているそうね。頼りがいがあって、それから愛嬌もある」 「それ程ではありません。ただ、交友関係が広いだけで」 「ふふっ。誰にでも取り入るって、とても大変で難しいことだと思うわ」 言葉では褒められている。けれど決して素直に喜んではいけない。 視線が交差する。いえ、私戦を考査するべきかしら。それとも、死戦を巧詐する? 「茜さん、来期の生徒会長になってみる気はないかしら?」 !! 瞬間、場の空気が凍りついた。 限界まで張った緊張の糸が私の首を絞めつける。
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