月明かりに照らされて

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 月明かりが窓から差し込み、少女の顔を照らしている。どこか悲しげな表情を浮かべたその目元は、うっすらと赤くなっている。彼女が寝入った事を確認し、彼女に抱かれていた人形はその腕から抜け出した。 (私は必ず帰ってきます……ですからしばらく待っていてください)  騎士の恰好をしたそれは、少女の顔を見つめて心の内でそう言った。鉄仮面を模したその奥の感情は、読み取ることは出来ない。  彼は少女にとって、唯一の友達であった。少女は朝起きると、草花溢れる野で遊び、日光を浴びて成長し、森の木陰でお昼寝し、蝶々と共に舞い踊る。そして日が暮れるとベッドに潜り、人形を話し相手に眠るのだ。  少女は今日、寝る間際に泣いていた。一緒におしゃべりする友達が欲しいと彼に話した。少女は淋しかったのだ。だがしかし、人形は喋るわけにはいかなかった。いや、喋る事が出来なかったのだ。彼は人形だから、人形でしか無かったから、人形にはその役割は与えられていなかったから。彼に与えられた役割は、ただ少女の側にいるだけ。話を、聞くだけ。  少女と話をしてあげたかった。少女と話がしたかった。少女と遊んであげたかった。少女と遊びたかった。少女と本当の意味で友達になりたかった。彼はその夜、決心をした。  ベッドから飛び下りた彼は、見慣れた部屋の中を見渡す。天井のしみ、壁に貼られた絵、机の上のクレヨン、転がっているボール、軋む床、透き通った窓。それらを全て焼き付ける程に見る。しばらく見ることができない、大切な日常との別れを惜しむかのように。  ここから遠く、遥か彼方に魔法使いが住んでいるという。色々な物と引き換えに、願いを叶えてくれるという。彼はそこで、人間にしてもらおうと考えたのだった。  部屋の風景をしっかりと焼き付けて、彼は扉へと向かう。もう二度と振り返らない。決意が揺らがぬように。キィ、と音をたてて開く扉。その先へと彼は一歩踏み出した。  見渡す限りの平野の先に、地平線が見える。どこまで行けばいいのかはわからない。時には山や谷、川なども渡らなければいけないだろう。小さな人形の彼は、小さなその足で、しかし着実に、月明かりに照らされながら、歩き始めた。
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