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君は妖精が生まれる瞬間を見た事があるかい? 僕は確かに見た。朝を告げる太陽が山の上から顔を出し、闇を払うその中で、ゆっくりと開かれた花弁から、彼女がその身を現したのを。光を纏った様に彼女は輝いていた。
特に目を引いたのは背中から伸びている羽。薄く、透き通っていて、軽く風に吹かれただけで、折れてしまいそうな儚さを感じた。
彼女は昇っていく日と共に、羽を伸ばし飛び立とうとする。僕の心配とは裏腹に、朝の爽やかな冷たい風に身を乗せて、彼女は笑顔を浮かべて青空へと飛び立った。日光を受けて輝く羽は光芒を残し、彼女自身の希望を体現したかの様だった。舞い散る光の欠片を、僕は消えるまでずっと見続けていた。
夕方になると、彼女は夕日を背に浴びて戻ってきた。朝に見た輝きとは違い、今は紅蓮に燃える炎の輝き。沸き上がる情熱を体現したかの様な姿に、僕も体の内から熱くなる様な感覚があった。
夜が訪れると、彼女は花へと戻り眠った。その時に見た彼女の羽は、闇夜に月明かりが反射して、星空を映したそれは、縮尺した宇宙の様だった。静かで穏やかな光に、僕は眠りの世界へと誘われた。
それからというものの、飛び立つ妖精を見る事は僕の日課となっていた。光り輝く羽を見て希望を感じ、燃え盛る羽を見て情熱を感じ、静かに煌めく羽を見て僕は眠りについた。彼女の笑顔は日に日に輝きを増していく。彼女の目は何を映しているのだろうか。
僕は彼女と同じものを見たくなった。彼女が飛ぶ度に、僕は空へと恋い焦がれる様になっていた。
ある日の夜に、僕は彼女に話しかけた。空を自由に飛び回れる君が羨ましい、と。すると彼女は、僕に微笑みを返してこう言った。
「それなら、空を飛びたいと願いなさい」
一晩中、僕は空を飛びたいと願った。空を舞い踊りたい、色々なものを見たい、色々な色を映したい、彼女と、飛びたい。夜が明けるまで、ずっと願い続けた。
空が白み山から太陽が覗くと、いつの間にか僕は、ゆっくりと開く花の中から、外の光をこの身に受けていた。その時に、僕は花から妖精へ変わったのだと理解した。
興奮を押さえ付け、空を飛ぼうと試みるが、一向に飛べる気配がない。諦めかけた時、一陣の風に手を握られた。気がつくと、僕は彼女に手を引かれて飛んでいた。彼女が向けた微笑みに、僕も微笑みを返す。
そして僕達は希望を身に纏って、大空へと翔け上がった。
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