4人が本棚に入れています
本棚に追加
話の始まりは、受験も粗方結果が出た二月の中頃。昼休みに俺の幼馴染みが持ってきた噂話だった。
「ねぇ健ちゃん、知ってるー?」
「知らん」
「本題に入る前に止めないでよー」
三年の冬は教室が広い。自由登校になってしまっていることもあって、何時もは騒々しかった昼休みの喧騒も、何処か遠く聞こえる気がする。
そんな中、今までと変わらずに話しかけてきた彼女は、まったくもー、と呟きながら空いていた窓際二列目、俺の前にある悪友の席へと腰を下ろした。
さっきのやり取りが気に入らなかったのか、少しむっとした表情で、俺の席に両肘をつきながら教室の中を見つめている。
まずい。校庭のサッカーを眺めてたから、つい反射で答えちまった。
これは、聞かないと後々面倒な事になると判断した俺は、どう切り出したものかと暫く考えて、結局、何時もと同じように切り出す事にした。
「で、今度は何の噂を仕入れてきたんだ? 睦月」
肩口で揃えたショートボブ。子供っぽいと囃される顔立ちに、性格も違える事なく、表情をコロコロと変える。
今回もその例に漏れず、コロッと明るい顔を見せると、あのねあのね、と捲し立てた。
「男子が桜祭に誘って出来たカップルは、終生上手くいくんだってー!」
「桜祭? て言うと、あれか、三月終わりの」
「そー、それ!」
「終生とはまた大層な」
「そんなことないよー、素敵じゃない?」
俺達が住んでいる東北地方の町、桜ノ宮。ここは県で決められた最低限の人口である五千をギリギリ上回る、いつ村になっても可笑しくはない長閑な町だ。
だが、一年で数日だけ、ここは観光客でごった返す。その理由が、今話に上った桜ノ宮祭、通称『桜祭』
町の名前にも付いている桜は、全国でも有数の見所として、テレビに良く取り上げられており、地元の活性化の為にと、毎年、大々的にこの祭を行っている。
まぁ言ってしまえば、お花見の規模が大きくなったものと大差ないんだが、俺も睦月も、この町に住むものは、殆どが毎年参加している祭だ。
「まぁ、歴史も古い祭だから、考えられなくも無いのか……」
「健ちゃんも、そう思ってくれるの?!」
「思う、思うから座るんだ睦月」
今にも万歳しそうな勢いで、って本当に万歳しちゃったよ、この子は。
ったく、話を信じただけなのに、今回は喜びすぎじゃないか?
頼む、周りが注目するから落ち着いてくれ。
最初のコメントを投稿しよう!