隣人

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 父と母はシンディの両親の枕元にそれぞれ立ち、彼等を見下ろしていた。父はシンディの父、母はシンディの母の枕元に立っていて、それから私の両親が水の滴る布を、シンディの両親の口の中に押し込んだのだ。私は咄嗟にシンディの目を塞いだ。彼女の身体に触れることはできないが、彼女の視界を塞ぐことはできる。シンディの両親が痙攣するような弱々しい抵抗をしてから、やがて動かなくなるまでの長い間、私はその一部始終から目が離せなかった。まるで魅いられたように両親の残酷な殺人を見届けた。  両親はきっと、こうしたことを何度も繰り返している。村を奪われた恨みかもしれないし、村を取り戻すための戦いなのかもしれない。どちらにしても私には理解ができない。私の優しい両親は悪魔だったのか。神は一体何をしているのだ!叫び出しそうになるのを堪えるのがやっとだ。シンディの目を塞いでいたはずの私の両手は今やそこになかった。私は腰が抜けていつの間にか地面にへたりこんでしまっている。  シンディは扉の隙間から何かを見ていた。彼女が見ているのは、ぐったりしたシンディの両親の遺体だろうか、悪魔のような私の両親だろうか。裏口の扉が勢いよく開いた。私の両親が扉の向こうに立っている。父がシンディの首に手をかけた。止めて!私の叫びは声にならず、空気だけが抜けて咳き込んだ。  小さなシンディの首にかかる父の手は幼かったが、太い血管が浮き出て大きく見えた。シンディの体がやがて震え出す。母が父の肩に触れると、父は歯を食い縛りながら力を抜いた。母が浅い呼吸を繰り返すシンディを胸に抱く。ツミビトの欺瞞。それは神の教えに背いた悪魔たちの偽善的な慈悲だった。  私の身体に悪寒が走り抜けた。私はその時全てを知った。この町を見下ろした時の既視感。私の可愛い隣人、私の大事な友人、私の愛した妹は、私自身であることに気付いてしまった。両親が私を連れて家を出た。ベッドに残されたふたつの遺体も私の両親なのだ。私にオニャピデと名付けたのは、父なのか母なのか、シンディなのか、それとも私自身なのだろうか。分からない。おかしいと思った。私は両親に似ていない。私は白人なのだ。咳が止まらない。私はいつまでも咳き込み続け、寒気に身体を震わせ続けた。やはりいつまでも咳が止まらなかった。
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