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昼を少し過ぎたこの時間、店長は昼休憩に出ていて、店にはアルバイトの繁徳ひとり。
奥のコーナーにアダルト系のビデオも置いてあるこのレンタルDVD店では、店員はなるべく客の顔を真直ぐには見ないように指導されている。
客のプライバシーを尊重するという店の姿勢だ。
だから、繁徳も、機械的にDVDにバーコードチェッカーをあて、貸出し期限の確認をして、値段を言って、お金をもらう。
それが当たり前と思って単調な仕事をこなしていた。
客の方も心得たもので、静かに並んで、DVDをカウンターに出し、お金を渡してレンタル袋を受け取る。
いつもは予備校の授業があるので、繁徳のシフトは夕方の五時から八時の間だった。
この日はたまたま予備校が休みだったので、繁徳は初めて、昼の早い時間帯にシフトを入れたのだ。
昼少し前に開店するこの店は、夕方は結構切れ間なく客が来て、一息いれる間もないくらの忙しさなのだが、この時間帯は人影もまばらで、繁徳は手持ち無沙汰に感じていた。
だから、こんな風に声をかけられたのも、それは繁徳にとっても初めての経験で、どう対処して良いか戸惑うばかりだったのだ。
繁徳は店内を見渡した。
店内には、他に人影はない。
繁徳は怪訝そうに、聞き返した。
「おれのことすか?」
「当たり前だろ、あんたしかいないよ」
その声には妙な張りがあった。
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