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「いやなにね、いつも気になってたんだよ。
あんた、素質があるのにもったいないってね」
「何の素質すか?」
「『もてまん』の素質さ」
老婦人はそうささやくと、ほかに客がいないのを確認するように、後ろをくるりと見渡した。
「あたしだって、こんな歳でも、はじらいってものがあるからね。
こんな話、誰彼となくする訳じゃあないよ。
今日はたまたま、店にはあんた一人のようだから、思い切って声をかけてみたのさ」
自分一人に関係する、秘密の話。
そんな甘い響きに、繁徳もつい耳を傾けた。
「あんた背格好もまあまあ、顔だってそこそこなのに、その髪型がいけないね。
清潔感がない」
「毎朝洗ってますけど……」
「実際に清潔かどうかより、見た目が大切なのさ、『もてまん』には」
繁徳は浪人生活に入ってから、髪を伸ばし始めた。
といっても、やっと前髪が目にかかる程度に伸びたほどだ。
もう少し伸ばして、金色のメッシュをいれようかと思っていた。
毎朝シャンプーしていたし、それなりにムースで整えて、髪形には気をつかっていた。
見ず知らずの年寄りに髪型をけなされたからといって、さほど気にするほどのことはない。
と頭ではわかっていたけれど、面と向かって言われると、やっぱり気になるものだ。
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