吾輩は猫ではない

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春の風がそよぐ弥生の月。 まだ肌寒さも抜けない時期にもかかわらず、白い襟巻きに黒の長羽織を着た青年ーー櫻島涼は、その羽織と長羽織を脱ぎながら町内を走り回っていた。 そして、その後ろには幾人かの浪人が追いかけていた。 「まてぇぇええ!この変態めがぁぁああ!」 「なっ!待てと言われ待つ馬鹿が何処にいるのだ!そんなにも捕まえたいのなら捕まえてみーーふがっ!」 長屋の角を曲がろうとした時、何かにぶつかった。 「す、すまーー」 咄嗟に謝ろうとした言葉が途切れた。 櫻島を追いかけた浪人達は、角を曲がったがそこは道が続いておらず、突き当たりの家の周りを探しだした。 「おかしい、確かにここを曲がった筈だ」 「おい見ろ!通り抜けの隙間があるぞ!」 「多分そこを抜けて逃げたに違いない!行くぞ」 浪人達はその抜け道を通って行った。 「去ったみたいだね」 誰もいないはずの路地から声が発せられた。 否、突き当たりにある家だった所が布のようにめくれ、そこから櫻島と黒い着流しの男が現れた。 「いや、すまない。助かった」 「君のためじゃないよ。この仕掛けが本当に通用するのか試したかっただけだよ」 そう言って男は笑顔を浮かべた。 「だけど助かった事には変わりないから礼は言わせてもらうぞ」 「どうぞご勝手に」 男は櫻島に背を向けて、家だと思われていた物を外し始めた。つまり、これは家ではなく、家が描かれている布だったのだ。 櫻島が不思議に思いながらその様子を見ていると、男は怪訝そうな目で櫻島を見た。 「まだ居たの?」 「面白いからな」 「…そう。でもこれは見せるべきものではないから見られると困るんだよね」 「それはすまなかった」 そう言って櫻島は踵を返した。 すると突風が櫻島を襲い、被っていた笠がいとも簡単に外れて飛ばされてしまった。 だが幸いなことに遠くに落ちたのではなく、すぐ後ろ、先程の男の後ろに落ちたのだ。 いや、幸いというのだろうか? 男は物音に気付いて振り返り、笠を拾って櫻島に渡そうとした。が、櫻島を見るなり目を見開き、渡そうとした笠を捨てて櫻島の両手を握った。
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