吾輩は猫ではない

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(くそっ、厄介なのに目を付けられた!きっと彼奴この町に詳しい奴だ) 煙幕で見事逃げ切った櫻島は、先程の男の事を考えた。 そして近くの宿屋へ転がり込み、宿主に心配の声を掛けられた。 「お客様大丈夫ですか?」 「だ、大丈夫だ。問題ない」 「宿泊で?」 「ああ、宿泊で…ーー」 そう言いながら財布の中身を見て、櫻島は固まった。 「あ、えっと…短期間で住み込みで雇ってもらえませんか?」 「残念ですが、最近雇ったばかりなので」 そして宿主は笑顔で言った。 「金がないなら帰れ」 止むを得ず宿を後にした櫻島は、稼ぎと泊まる場所を探すため路上を彷徨った。 そもそも、何故このような事になったのか。 遡れば三日前ーー 櫻島は大金を出して京都行きの船に乗ったつもりが、手違いで更に下降した場所へ着いてしまった。 下船後、町の雰囲気に違和感を感じた櫻島は船場へ戻って看板を見た時“萩”と書いてあったのだ。 時、既に遅し。 仕方なく宿代と船代を手っ取り早く稼ぐ為に、絵を売り捌く事にした。 丁度その時恰幅の良い侍を見付け、被写体を頼み服を脱がそうとした時その侍の仲間に見られ、且つ怪しまれ、挙句の果てに「変態」と呼ばれて追いかけ回されたのであった。 それが一度まででなく、見つかる度に追いかけられるため、櫻島はない金を振り絞ってまでも宿を使うしかなかったのだ。 「寺に逃げ込むという選択肢はなかったのか?」 「あ、その手があったか…ーーえ?」 櫻島は突然背後から聞こえた声に気付き、サッと振り向いた。 そこには綺麗に髷を結い、凛々しい眉とすらっとした身なりの男が立っていた。 「え、誰?」 「通りすがりだ」 「ではどうぞ、道を譲ろう」 そう言って櫻島が身を避けて道を開けると、男は「いや、違うよね?」と言いながら櫻島の肩に腕通して組んだ。 「どうだい?私の知り合いの家に住み込みで働かないかい?」 「見知らぬ人について行くなという教訓など捨てて喜んでついて行きます!」 「あははは!それは良かった」 自分の生活の保証が取れた安心の故に、櫻島は重大なことを忘れていた。 「ところで、貴方は一体誰なのだ?」 「申し遅れたね。私は桂小五郎だ」
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