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「あれ?今日、自転車なのか??」
「そや~。ホレ、後ろ乗れ」
「えっ」
「んで、ホイ。傘はこの角度で、落ちないようにしっかり掴みぃ」
右手に傘、左手は義信の腰を掴む。
はじめての二人乗りに恐怖を覚えながら、自転車は進みはじめた。
「坂下るでー。気ぃつけてな」
シャーッと水しぶきをあげて、坂を下る。
俺は、まったく意味をなさない傘を支えることに集中した。
「なぁ、これって傘意味ないよな」
雨の音で声を消されないように、声を張り上げた。
「そうやな。でも、気持ち程度は防げているやろ」
義信は大声で笑った。
この馬鹿みたいな行動が楽しい。
義信の腰を掴んでいる手に、もっと力を入れてみた。
「さてと。今更なんやけど、これからどないする?濡れた体を温めるために、わいの家向かってえぇーか?」
坂から平らな道になり、住宅街を走行する。
義信の家…。
叔父の家に居候していると聞いていたが、義信の叔父もヤクザである。
同業者の自分がお邪魔して良いものか悩んだ。
しかし、今日を逃したら、一生友人の家に入るということができないかもしれない。
今まで友達と呼べる者が出来なかった。
郷田義信という男が転入してこなかったら、今も俺は一人ぼっちでつまらない学生生活を送っていたことだろう。
『友達の家にお邪魔する』という、誘惑がちらつく。
「なぁ。遊びに来いよ」
自転車を運転しながら、義信が後ろを振り向いた。
義信の顔を見たとき、俺は自然と首を縦に振っていた。
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