浜辺の宿

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 出版社に着くと、編集長が速水と同じように憔悴しきった様子でデスクに俯せていた。 「編集長。どうか、したのですか?」 「どうしたも、こうしたもない。お前の方にも出たのだろう。あの青白い男の幽霊が・・・」 「編集長のところにも出たのですか?」 「そうだ。おかけで、全く眠れなかった。一晩中、耳元で宿のことを記事にしろと小うるさく囁くんだ。無視しようにも、相手は幽霊だ。私の都合など、お構いなしに語りかけ続けた」 「どうしますか?編集長」 「一晩の責めでこれだ。毎晩、繰り返されたら大変だ。幽霊が脅迫して、宿のことを記事にさせる。それが、あの特色のない宿が記事にされる理由なんだろう。さっさと、あの宿のことを記事にしてしまえ。書くまで、あの幽霊は、私達にとりつくつもりだ」 「分かりました。それにしても、あの幽霊と宿はどういった関係なんでしょうか?」 「そんなこと、私が知るか。大方、昔の恩とかで宿を助けてやっているんだろう・・・」  何の特徴も、特色もない宿であったが、速水は幽霊に呪われるのは嫌なので、何とか記事をそれなりに書き上げた。編集長もさっさと、それを掲載させるのであった。 「やっぱり、あの記者。この宿のこと、書いてしまったのね」  女将は新しく発行された情報誌に掲載された旅行記事を読んで、肩をおとした。どんな形であれ、宿のことが、この雑誌にも載り、それを読んだ読者が客として、宿に訪れ、客足はさらに増えた。 「全く、先祖が従業員を奴隷のように働かせたせいで、その内の一人に恨まれ、この宿が呪われてしまうなんて。しかも、その呪いというのが、厄介で宿を潰すではなく、自分と同じように休み無く働かせる状況を創り上げるという呪い。何とか、今まで客の入りを抑えようと努力はしてきたけれど・・・」  それは、止められない力なのだ。昔だったら、口コミ程度での情報の拡散であった。しかし、今では情報誌だけでなくインターネットというのもある。噂は広がる一方で、客が減るということは絶対になかった。
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