桜の日

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 一年の時から、先輩はあこがれだった。先輩が描く絵は見た人の心の中で飛ぶ。中の人が動き出す。何かを訴えようと必死になって働く者もいる。先輩は、たった一枚の画用紙に不思議な物語を作り出す。あこがれ、尊敬、俺もこんな風に絵を描きたい。先輩の絵を好きになっていたら、先輩も好きになっていた。  先輩は無口で部員でも少数にしか自分の意見を話さないけれど、その少数に入れたら先輩の世界がもっとすばらしいものだと、俺は思い知らされた。空を飛ぶ魚。それを追いかける猫。それを見て安堵しているネズミ。その後ろで光る猫の目。明と暗が織り混じって、不安と希望を与える。  先輩が初めて自発的に絵を見せてくれたとき、先輩はうっすら笑っていった。  「他の奴らにはガキぽいって言われるから、あんまこういうのはコンクールに出さない。」  俺は先輩の世界を否定なんて出来なかった。もっと、この世界を知りたい。先輩の世界を知りたい。共有したいんです。  「おい。」  公園の中まで来ると先輩は急に立ち止まり、笑顔で振り返った。告白でもされるのかと思ってドキッとしたが、何か企んでいるときのほほえみを見せていたので簡単に崩れる。  「お前は私と付き合いたいのか?」  「はぁ!?」  「どうなんだ?」  「・・・えぇ、まぁ、そうなればいいなぁ・・・と・・・」  「そうか。」  俺が恥ずかしくてうつむいているのに先輩は楽しそうにくるりと回る。そして、指を一本立てると俺を指さす。  「賭けをしよう。」  「賭け?」  「そうだ。」  先輩は指を動かすと一本の桜の木を指した。もう見頃を迎えて散っていく花びらが雪のように見える。  「手のひらで桜の花びらを捕まえることができたら付き合ってやる。」  「本当ですか!?」  そんな簡単なことで俺と先輩がお付き合いを!?いいのか?本当にいいのか!?
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