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うっ、ダメだ。気持ちが悪い。
満員電車に揺られながら、私は血の気が引いてくるのを感じていた。
春になって、満員電車はさらに混んで、すし詰め状態だ。
じっとりと湿気が身体にまとわりつく。
…早起きしてもう1本早い便に乗ればよかったな…。
冷や汗が首筋を伝うのを感じながら後悔したけれど、もう後の祭りでだんだん目の前が暗くなってくる。
ああ、倒れる、と思った瞬間、頭の上で声がした。
「…大丈夫?」
声と同時に二の腕をぐいっとつかまれて、引き寄せられた。
びっくりして振り仰ごうとしたけれど、くらりと目眩を感じて動けない。
「す、すいませ……」
「…じっとして。
つらかったらもたれ掛かってていいから」
低い優しい声。
ふわりと爽やかなシトラスが香る。
声の主はそう言うと、私の後頭部にそっと手を添えた。
二の腕と頭を支えられて、声の主の胸に頬をあてた状態で電車に揺られる。
…ああ、助かった。
でも、全く知らない人の胸に頭を預けている私って……。
複雑な気持ちだったけれど、どうにも動けなくて仕方なくそのまま電車が駅に到着するのを待つ。
しばらくして下車する駅のアナウンスが流れると、
「…降りるよ。歩ける?」
小さく頷くと、彼は人ごみをかき分けて私を連れ出した。
蒸し暑かった車内から出ると、さあっと気持ちの良い風が頬を撫でていく。
促されてベンチに座って、ホッと息を吐いた。
冷や汗が引いて、手に少しずつ感覚が戻ってくる。
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