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重衡は感心したような声を漏らしてから、名の意味を守宮へ尋ねた。
「"陽"は暖かく強き心。"凪"は落ち着きのある姿勢を意味する」
守宮はそう言うと盃の中の酒を飲み干し、すっと立ち上がった。
「用は済んだな。私は寝る」
その言葉が終わるか終わらないかの所で彼の姿は消え、残ったのは重衡ただ一人だった。
重衡は残った酒を少しづつ口に含みながら、一人の晩酌を楽しんでいた。
「守宮様」
守宮が夜風に当たろうと井戸の方へ出ると、男とも女ともつかぬ声が聞こえた。
「井護(イモリ)か。何用だ」
守宮が井戸の近くに降りると、井戸から紺色の着物を着た髪の長い、人のようなものが現れた。
それは桶の中にすっぽり収まるほどの小さな身体で、少しだけ透けていた。
「守宮様、何故あの赤子にそこまで肩入れなさるので? 名にも"言霊"を吹き込まれたようですし……」
「あの子は弱い。私があの子を助けたのも何かの縁だ。ならば少しは生きてもらわねば、私が助けた意味がなかろう」
そう言った守宮は、そのまま家の中へ戻っていった。
「……嬉しかったんですねぇ~」
井護は先ほどとはまるで違う語気で笑うと、徐々に透明になっていき、桶と共に消えていった。
2人のいなくなった庭には、遠くから虫の声が聞こえ、時折止んではまた聞こえるのを繰り返し、風が道端の草を撫でて奏でる音も交わり、静かで小さな雅楽一座の演奏が響き渡っていた。
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