杜陽凪の一日

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もちろん、今の世で妖怪などを信じている者はいないと言ってもいいだろうから、杜家の大人たちも子供の戯れぐらいにしか思っていない。 三人の少女と、その後ろを煙管をふかしながら歩く不思議な男ーー守宮は林へと足を踏み入れた。 「ねえ、しゅきゅー。あれなに?」 陽凪は林に入った途端に足を止め、後ろを振り返りながら言った。 端から見ればなんとも滑稽であるが、本人は至極真面目である。 彼女からすれば、妖怪たちは普通の人と変わらぬ様相でその目に写っているのだから。 「あれは"谺(コダマ)"というやつだ。木に宿り、森を守護する小さな守り神たちだ」 守宮はそう言いながら煙管を吸い、その煙を谺に向けて吐く。 すると、その煙は段々と大きく広がり、あたり一帯を包んだかと思うと、ぱっと消えてしまった。 守宮の煙管の煙は、妖怪や小さな神たちの姿をはっきりとさせるものである。 妖怪や神というのは実に曖昧であり、妖怪たちの多くは人に見つからないように自らの存在をさらに曖昧にし、自然に紛れているものもいれば、中には人間と暮らすものもいる。 だが、時には人に姿を見せなければならない場合もある。 それは食い物の調達であったり、神ならば神聖な場から人を排するためであったり、ただ暇つぶしに、という輩もいなくはない。 そういう時にこの煙を使うのだ。 「ひ、陽凪ちゃん、あの丸いのなに?」 前髪をあげた少女が何かを指差しながら、陽凪に尋ねる。 彼女の指差す先には切り株のような色をした、地蔵のようなものがこちらを向いてあぐらをかいていた。 「あれは谺っていうんだって。森の神様なんだってよ!」 陽凪たちがそんな話をしている中、谺は優しい笑顔のまま守宮を睨みながら、言った。 『おい、守宮……。その娘っ子が可愛くてしょうがないのは分かるがな、普通の人の子に我らの姿を無闇に見せるな』 「ぬかせ。貴様ら、時に人の子の姿を取っては鞠つきなぞしているではないか。知らぬとでも思ったか」 守宮は呆れたように頭を振ると、陽凪に声をかけた。 「谺は人の子が好きでな、その子の持つ鞠で遊んでやれ」 それを聞いた陽凪は目を輝かせ、二人を連れて谺の元へ走っていった。 谺も嫌な顔をしないところをみると、守宮が言ったこともあながち嘘ではないようだ。
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