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しばらく鞠をついて遊んでいた陽凪は、突然森の奥へ視線をやった。
「陽凪ちゃんどうしたの?」
その声が自らに向けて発せられたものと気づかないのか、聞こえていないのか。
陽凪は何かに引かれるように、薄暗い森の奥へ歩いていく。
彼女がひときわ大きな杉の木ーーこの森の御神木の脇を過ぎようかというとき、谺が行く手を遮るように座した。
『人の子。この先は行ってはならぬ』
陽凪は足を止めたが、視線は相変わらず森の奥へ向けられていた。
「行かないと。助けてって聞こえたの」
そう小さく告げると、また歩き出した。
その様子を退屈そうに見ていた守宮は、残された二人の少女へ名を尋ねた。
藤色の着物の少女はハナといい、赤色の着物の少女はユキコというらしい。
「お主らは家に戻れ。何も知らぬ人の子には今の森は危険だ」
守宮は返事を聞く前に自らの羽織で二人を包むと、何やら短く呟いた。
すると何もないはずの中空から子供の笑い声が聞こえたかと思うと、羽織はぱさりと地に落ちた。
守宮はそれを拾って、軽く払うと袖を通した。
「何がいる?」
守宮は谺の横を抜けながら言った。
『ハイシシが堤の森でこっぴどくやられたようだな。今は西の大沼だそうだ』
それだけ言うと、谺は御神木へ光となって吸い込まれた。
守宮は眉を顰めた。
「ハイシシか……」
既に陽凪は森に隠れ、姿は見えない。
心なしか、守宮の歩みが早くなり、少しすると彼も森へ消えていった。
不意に冷たい風が森を抜け、空に雨雲を運んで来ていた。
灰色の雲は何かをこらえるようにゆっくりと、雨の匂いと共に空を満たしていった。
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