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それまで世界を明るく照らしていた太陽は西の、まだ青い空にある雲を橙色に染め上げ、時間と共に山の端へとその姿を沈めていく。
彼はいつもの時間、いつもの場所で胡座をかいて煙管をふかしていた。
彼の寛ぐそこーー杜家の門の漆黒の瓦は、昼の間、今まさに沈もうとする"彼女"に照らされていたおかげでこの時間帯は丁度いい温度になっていた。
瓦の上に寝転び、手を頭の後ろで組んで煙管をくゆらせていると、彼の頬を撫でるように風が流れた。
それにより、彼のまるで太古からある森のような深い緑色の髪はさらさらと揺れ、煙管からでる白い煙も彼の後方へと流れていった。
目を瞑って耳を澄ますと、どこからか蛙の鳴き声が聞こえる。
雨でも降るのだろうか。
そういえば風に混じって雨の匂いもしていた。
彼はとても永い間この家に住んでいる。
その間今と同じ場所で、こうして一日に一回寛ぐのが日課となっていたが、同じ風景は一度も見たことは無かった。
それほどに自然は流動的で、無常的なものなのだろう。
彼はそんな自然が大好きだった。
この家からはほとんど出れないため、彼は今いる門の上からの景色しか知らないが、それでも多様な表情を見せてくれる自然は、彼にとってそれこそ宝物のような存在だったのだ。
暫く経つと日はすっかりと隠れ、頭上に広がる藍色の空には一番星が早くも瞬いていた。
そろそろ家の中に戻ろうかという時になって、町の方からの人影に気づいた。
それは三ヶ月ほど前からこの家に度々訪れている齢三十くらいの"医者"というやつであった。
どうやらかなり急いでいるようで、先導するこの家の下人の男もその医者も息を切らせて走ってきていた。
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