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女中は白い湯気のたつ桶を、両の手で抱えて早足で廊下を進んでいく。
廊下を二回ほど曲がると渡り廊下があり、女中はそこを通って母屋の南側にある離れへと入っていった。
離れは十二畳ほどしかなく、西側の壁には人の頭の高さ辺りに陽を入れるための穴が空いているだけで、その他は障子が壁の代わりとして立っていた。
離れから見て南側には井戸があり、その横の大きめの池は、早くも顔を出した月を写し出していた。
「お湯をお持ちいたしました!」
女中が障子を開けると、十二畳の離れの中で一人の女が真っ白な布団に膝を立て、股を開いた状態で寝ており、周りには七人の男女が座ったり立ったりして寝ている女を見守っていた。
七人の内の一人、女の左側に座っているのは先刻の医者であった。
その反対側、女の右側では男ーーこの家の当主が腰を降ろし、女の右手をしっかりと握りしめてしきりに「頑張れ」などと声をかけていた。
女の長い黒い髪は汗に濡れ、真っ白な着物もまた、汗でその小柄ですらりとした身体に張り付き、それによって女の不自然に膨らんだ腹部が強調されていた。
「奥方!息を止めてはいけません! 強く、息を吐いてください!」
医者というやつは必死で寝ている女に指示を出している。
女はそれが聞こえているのか、いないのか、荒い息遣いであったり「いっ………っ!」と言葉にならないような叫び声を繰り返していた。
すると、女の股を覗いていた齢七十ほどの老婆が声を上げた。
「せ、先生! 頭が、頭が見えましたよ!」
それを聞いた先生ーー医者の目は見開かれ、当主の男と一緒になって寝ている女を励ましはじめた。
そこからは女が呻き、老婆が覗き、当主が励ますといったことが数十回繰り返された。
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