妖・守宮-シュキュウ-

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幾度も繰り返されるその光景は、不思議と見ていて飽きるものではなかった。 彼のようなもの達には縁の無いものだからだろうか、彼は空中でじっと動かずに、寝ている女の真上から部屋全体を見ていた。 そして、その時は唐突に訪れた。 「先生!産まれました!女の子です!」 老婆のその言葉を聞いた周囲の者達は皆、感嘆の声を漏らし、近くの者と喜びあっていた。 だが、すぐにその空気も冷え切る事態が起きた。 「産声があがらない……!」 医者は青ざめた顔で赤ん坊の顔を覗き込み、老婆から赤ん坊を取り上げると、何か管のような器具を黒い革の鞄から取り出し、それを赤ん坊の喉に入れたかと思うとすぐに出して、様子を見ていた。 しかし一向に赤ん坊が息をする気配は無く、寝ていた女ーー赤ん坊の母の目は潤み、それに寄り添っていた男ーー赤ん坊の父は唇を強く噛み、血が出るのではないかと思うほどに拳を握りしめていた。 医者は器具を鞄に仕舞うと、赤ん坊を母の下へとやって言った。 「母の温もりを知ればこの子も生きようとするはずです。どうか諦めないでください」 母は目に見えるほどに疲労してはいたが、我が子を決して離さまいとするように両腕で抱きかかえ、仕切りに何か言っていた。 彼はすーっと天井の方から下に降りてくると、赤ん坊の左胸に人差し指を当てた。 すると、白い煙のようなものが彼の指から赤ん坊の中に吸い込まれていき、赤ん坊の手がぴくっと動いた。 瞬間、赤ん坊の産まれて初めての呼吸ーー産声が部屋全体に響き渡り、赤ん坊の両親の目からは大粒の涙が流れ、その顔は至極幸せそうな笑顔であった。 周りの者達も改めて喜び、果ては抱き合う者までいた。 父の方は涙を流しながらも赤ん坊を母から譲り受け、先ほど女中が持ってきた湯の中にゆっくりと浸けた。 赤ん坊は気持良さそうに身体を捩らせると、空を掴むような動作を仕切りにしていた。
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