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重衡はそんな守宮の様子を見て小さく笑みをこぼすと、持ってきていた酒を赤い盃についで守宮に差し出した。
そうしてから自分の分もつぎ、また口を開いた。
「それで、頼みなんだが、あの子の名を決めてやってはくれぬか?」
煙管を置いて酒に口をつけようとしていた守宮はその動きを止め、怪訝な表情で重衡を見つめた。
重衡が酒を持ってくる時は、大抵面倒事か長話の時だけであるが、今回は前者のようだった。
守宮も恐らく面倒事だと分かっていた。ただ、それが今までに無いほどの面倒事であることを除いて。
「正気か?」
「ああ。事実、お前がいなければあの子は死んでいた。恩人……人ではないか、まあ、その恩のついでだ」
重衡は一口酒を飲んでから、それに、と前置きして続ける。
「妖が人に名をつけてはならぬという決まりはないしな」
守宮は目の前の人間をまじまじと見つめていた。
そうして、どうにも重衡が本気だと分かったようで、少しだけ頭をもたげて思考にふける。
「なんだ、今考えているのか?」
重衡が言ったが、守宮はそれに答えようとはしなかった。
代わりにすぐに顔を上げ、声を発した。
「陽凪(ヒナ)でどうだ」
守宮は置いてあった煙管をくわえ、一息吸って煙を吐き出す。
するとその煙は霧散することなく留まり、"陽"と"凪"という字を象った。
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