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「うう゛ぅ……」
いったい奴は何をしたのか。気付けばすぐ目の前に鬼男の姿があった。ビクビクと俺から切り離された左腕がコンクリートの上で痙攣を起こして僅かに震える。奴はそれを見てまたジュルリと舌を鳴らした。
あぁ……死にたくねぇ。
港の潮風が左腕の断面に染みるごとに熱を帯びる。心臓の鼓動はテンポの速いメトロノームのように脈打っていた。腕が痛い。胸が痛い。息が苦しい。悪い夢ならば早く覚めてくれ。
しかし秒刻みに痛みは更に増し、これは悪夢じゃないと知らしめされる。
「旨そうだ……何故だかお前は特別そう見える」
流れ出す血液に鼻を近づけその香りを堪能する。
旨そう。なるほど。俺を喰うつもりか。
ダラリと鬼男の口元から粘性の強い唾液が流れ落ち、血と雨で出来た水たまりと同化する。
「そろそろ頃合いだ」
もう終わりにするつもりなのか。鬼男はその大きな手のひらを開いて俺の視界を覆った。
視界に映る赤黒いゴツゴツとした大きな手のひら。ナイフのように伸びた爪は赤い液で濡れている。きっと俺の左腕を千切った時についたのだろう。
「?」
ブクブクと微かに聞こえる小さな音。何かと思ってよく耳を澄ませばそれは液体が沸騰する音だった。
次第にその沸騰音は小さく小さくなっていき、代わりに焼けた鉄に水が蒸発するような音に変わった。見れば曇天から降る雨粒が鬼男に触れてシュゥウという音を鳴らして気化している。
なんだ? これ?
みるみるうちに雨粒が蒸発する範囲が広がり、真夏の太陽のような熱気が俺を包んだ。
……体温が上がっている?
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