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吹き付ける熱風。
まるで目の前で松明が燃えているのかと思うほどの熱気。鬼男の外皮は赤く焼けた鉄のように光を放つ。もしも今、コイツに触られたら。
熱気によるものではなく、冷たい汗が背中から吹き出した。
火傷なんてものじゃない。皮膚を炙られて筋肉を焦がされ、あっという間に消し炭にされてしまう。そんな恐怖に俺は身をよじらせてその手から逃れようと尻餅をついた。
「安心しろ。苦しいのは一瞬だ」
散々苦しめておいてよくそんな事が言える。しかしこれだけの熱だ。焼け死ぬ時間も本当に一瞬なのかもしれない。だったら……いっそう。
そんな事が一瞬、脳裏を過ぎったがそんな事が出来たならとっくにしていた。だが本能が決してそれを許さない。
「サヨナラだ少年」
奴の真っ赤に焼けた手がゆっくりと近づき、迫る最後の時。
ワケがわからないまま、ワケがわからない事で死んでいく。答えも、過程も不透明なまま。呆気なく終わる。
そう諦めかけた時。
一陣の風と共に俺の前に現れた深い、深い暗黒は神からの救いの手に思えた。
「!?」
突然の襲撃。
音もなく、目にも止まらぬ速度で小さな黒い影が鬼男の頭を全身のバネを最大限に活かし、両の足で蹴り飛ばす。そして数秒遅れてから凄まじい衝撃音が激しく夜空を揺さぶった。
「……」
まるで空虚から現れたかのようだった。鬼男の何倍速いのか見当もつかない程の驚異的なスピード。それは最早、人間の域を遥かに越え、ジェット機と同等がそれ以上の域。
その人影は鬼男が港の寂れた倉庫に突っ込むのを確認し、クルリと一回転してから静かに着地する。
背中まで伸びた艶やかな長い黒髪をゴムバンドで先のほうで束ね、濃い黒のツナギのような衣服に身を包んでいたのは、とても華奢な体系の少女であった。
「……こちらブラック。ターゲットを補足。要救助者1名確認」
通信機らしい物を装着しているのか、少女は事務的な抑揚のない声で報告する。俺はというと鬼男を蹴り飛ばした彼女の姿に驚くあまり、痛みさえ忘れてしまっていた。
歳の頃なら13、14だろうか?背は小さく、少しばかり胸には膨らみがあるが、多く見てもその華奢な体つきと幼さの残る顔つきは中学生くらいにしか見えない。
こんなあどけない少女があの鬼男を……。
俺にはもう何が起きているのかサッパリ理解できなかった。
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