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私は静を孕んだ時から、この子は何があっても、静一と静花のぶんまで愛そう、と心に決めていました。
双子に着せるつもりだったお洋服もおもちゃもお部屋もみんな与え、雨宮が仕事を終えて帰ってくるまで、静の側に寄り添い続けました。
私はきっかり数時間おきに母乳を与え、頭がよくなるというクラシック音楽を流し、頭を撫で、唇に口づけし、与えられる限りの愛情を静に注ぎ込んだのです。
繰り返す夜泣きに精神がすり減ったのでしょうか、雨宮は以前よりも苛立つことが多くなりました。金色の髪が目立ってくると、彼は静に触れることもなくなり、それどころか不愉快そうに眉をしかめるようになったのです。
「明日の仕事に響くんだよなあ」と肩を竦める雨宮に、わたしは何も言い返せませんでした。男は、逆上すると何をするかわからない生き物だということは、長年の経験からよく理解していたからです。
ゆっくりと、確実に私と雨宮の間にある溝は深くなっていきました。雨宮はネットカフェで睡眠をとるようになり、やがて2日、3日、と日を空け、夕飯を摂るためだけ、あるいは服を着替えるためだけに帰ってくるようになりました。
勿論、私は何も言えません。幼い頃の恐怖が骨の髄まで染み付いていて、私の口に封をするのです。
静はとりわけ夜泣きがひどい子供でした。空気を裂かんばかりに甲高い声を上げるので、私はその度、周りに迷惑を掛けているのではないかと不安に駆られながら静の背中を撫でてやらなければいけませんでした。
雨宮が帰らなくなるまでに、さほど月日はかからなかったように思います。
真夜中、泣きだした静へ無意識に手をあげたことをきっかけに、雨宮は置手紙を残して行方を眩ませました。その手紙は今も私の机の中に仕舞い込んでありますが、そこに書かれた文章は一字一句忘れたことなどありません。
『一花へ
静を殺めてしまう前に離れようと思います。
結局、籍を入れることが出来ずに申し訳ありません。お金はひと月に1回振り込みます。足しになれば幸いです。
どうか静を守ってあげてください。』
結局、雨宮は私の気持ちなど何も理解していなかったのです。私は子どもが欲しかったのではなく、幸せな家庭を築きたかっただけなのに。
……けれど、もう今は何を言っても、雨宮に届くことはないのでしょう。
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