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妊娠検査薬が陽性を示したあの春の日、私は雨宮に連絡するか、それとも、このままおろしてしまおうか、とても悩みました。思い当たる行為が望まない一方的なものだったこと、大学院に進学し1年が経過していたこと、雨宮が日本人でないこと、雨宮との交際を親に黙秘していたこと。積み重なった問題の前で、お腹の中にいるこの子を幸せにできる自信が、いったいどこから出てくるでしょうか。
誰に相談すればいいか分からないまま、まるで何かに寄生されたかのようにゆっくりと膨らんでいくお腹に、私は言いようのない恐怖を覚えました。
私は雨宮と顔を合わせることがただただ恐ろしくなり、誰かが家のチャイムを押す音も無視し続けました。
彼との連絡もすべて断ち、学校にも行かずに引き籠っていた私に救いの声をかけてくれたのは、彼でも親でもなく、学校の友人でした。電話の向こうで鳴った「なにかあったの?」という言葉に、私は泣きながら、誰にも言えなかったこと、全てを打ち明けてしまったのです。
彼女は午後の講義を休み、すぐに家へ駆けつけてくれました。その手には栄養補助食品がたくさん入っている袋と、最寄りの書店の袋に包まれた一冊の絵本が握られていました。
袋から出したそれは「子供は親を選んで生まれてくる」という内容の絵本でした。今私の中にいるこの子は、沢山いる女性の中から私を選んで降りてきたというのです。
絵本を繰り返し捲るわたしの頭を撫で、彼女は「ひとりで思いつめないで。子どもはね、このふたりなら大丈夫だ、って、ちゃあんと選んでくるんだから」と優しく言いました。
この時私は、初めて他人の前で涙を零しました。
この本は今も私の私室に飾ってあり、私に勇気を与えてくれる宝物です。
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