16人が本棚に入れています
本棚に追加
辛くなって日記を閉じてしまいました。
一昨日の続きを書こうと思います。どうして何もかもが無駄になってしまったのか、というところからですね。
私からの連絡が途絶えていることを不審に思った父親が学校に連絡を寄越し、その話が妊娠初期に相談に乗ってくれた友人に伝わり、友人が父親に直接連絡をしたのです。
「一花ちゃんは子どもを授かって、大学院を中退しましたよ」――とでも言ったのでしょうか。父はすぐに警察に連絡し、私が住んでいるアパートの住所を割り出しました。そのことを私が知るのは、少し先、生活が落ち着いた頃の話です。
澱んだ空気が町に沈む、雨の降る夜でした。
いつものように夕食を作り、私は雨宮の帰りを今か今かと待っていました。雨の音に混ざってことことと鳴るシチュー鍋の音が耳に心地よく、少しだけ微睡みながら、ハンカチに刺繍を入れていた時のことだと記憶しています。
ふいに鳴ったチャイムの音に、私はすぐ腰を上げ、なんの躊躇いもなく入口の鍵を開け、ドアを開きました。否、開いてしまいました。
ドアの向こうに立っていたのは雨宮でなく、私がこの世で一番恐れている人間でした。
怒りが深く刻まれたその表情に竦むような恐怖を覚え、私は掠れた悲鳴をあげ、ドアを閉めようとしましたが、父はその隙間に革靴を履いた足を挟み込んで、家の中に無理やり押し入ってきました。
殺される、と思いました。私が死ねば、お腹の中にいるこの子たちも死んでしまうことは明らかです。肩を掴もうとするその手を払い、私は膨らんだお腹を支えながら、転がり込むようにリビングへ逃げ込みました。
聞いたこともないような怒号と足音が廊下に響きます。警察に連絡をしようと考えましたが、警察がこの状況でなにをしてくれるでしょうか。間に合う訳がありません。真っ白になった頭で、私は背中越しに手に触れたそれ――出刃包丁を、リビングに入ってきた父親に向けました。
最初のコメントを投稿しよう!