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蝉が鳴いている──いや、そうじゃない。
誰かが何か叫んでいる。
耳には確かに届いていた。
でも意識の淵で、何を言っているのかは分からない。
「楢崎ィィィ!!!」
──やっとはっきり聞き取れた地響きにも似たその怒鳴り声で俺は目を覚ました。
血相を変えて俺の名前を叫んだのは中村武(ナカムラ タケシ)。
このクラスの担任にして数学の教師、この学校で俺の最も苦手な男の声だ。
俺は見つからない様に下を向いて小さく欠伸をすると、慈悲を請う表情を作り、中村に向けた。
男の怒声で目が覚めるというのはなんとも寝起きが悪い。
更に教室のあちこちから浴びせかけられる嘲笑は俺を腹立たせる。
それでも「申し訳ない」という顔だけは相も変わらず崩さない。
こういうのは得意だ。
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