下界

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 不気味な液体が満ちた容器の様に赤く浮かぶ満月。魔王が住んでいる魔界とされる混沌の地。そこに浮かぶ、一つのゴシック建築物のような古城があった。  広大なるその城の玉座。自身の数十倍の大きさの赤い椅子に、退屈そうに半ば寝るような形で座る青髪の少年がいた。美しい青色の瞳は細められており、立てた人差し指には小さな青白い火の玉が灯っている。 「ウィリアム…いるか?」  非常に小さな声で呼ぶ。すると、直ぐに扉の向こう側で派手な音が響いた。硝子が散るような、繊細なものが割れるような音に何か重い物が落ちた震動がした。扉の外は何やらやたら騒がしくなってきた。  騒ぎが収集する頃に扉が、これまた派手に蹴り破られた。扉の向こうには、蹴りを繰り出した体勢の黒髪赤目、さらには肌が白く、黒基調の赤の模様や裏地が印象的な服を着た青年が現れた。  彼の後ろにはシャンデリアの残骸。さらには天井が剥がれ落ちていたが知らない振りをしておこう。 「陛下!我の事を呼びましたか!!」  いつもは冷たく光る赤い瞳がなぜだか輝いている。白い牙を覗かせながら笑っている。これが命亡き生ける者の頂点にいるなど信じられるものか。 「呼んだ。呼んだけど扉を蹴り飛ばす馬鹿が何処にいるんだ。」  呆れた、と言わんばかりに目を伏せる少年に、ウィリアムは明るく朗らかな声色をあげた。こんないらつく明るい声は他にはないだろう。 「蹴り飛ばす馬鹿なら、此処にいます!!」  まるで一つの芸を終わらせた子犬の如くこちらを上目遣いで見上げる青年。…ぜんぜん可愛くないし。撫でてなんかやらない、絶対にだ。と魔王は心に決めて咳ばらいをする。 「…俺は今とてつもなく暇だ。」  けだるそうに言う。  それに対して彼は跪き、頭を垂れる。 「外出の準備を只今…」 「あー、それはいらん。というか自由ねぇし城と変わらん。」  青年の言葉を遮り、文句を垂れた。口角を上げ、少し潜めた声で言う。 「城を抜け出す。手を貸せ。」  何かを企むように言う彼に青年は 「陛下の仰せのままに…」 と立ち上がった。  窮屈な城から出られれば何も言わない。そう思いながら彼は愛用の二丁の銃を手にした。  城の外がいかに危険かなど気にも留めずに。
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