迷い猫、雨のうた

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 からっぽの心と、からからに飢えた身体を抱えて。  気がつくと、瓦礫の中を、ただひたすらに彷徨っていた。  世界は、灰色だった。  全てのものを押しつぶすように垂れ込める薄闇と、大地を埋め尽くす都市の残骸。  生きている人の気配は、ここにもなかった。  ただ静寂だけが、棲まう主を失ったかつての大都市の亡骸を覆い尽すばかり。  ……そんな世界の中に、少女は生きていた。  過去の記憶はあまりにも遠く、忘却の霧の中にかすんでいる。  その彼方に、ぼんやりと浮かぶのは、愛しい父と、母の姿。 (パパ、ママ!)  霧の中へ、より彼方へ、遠ざかっていく二人の背中を追いながら、少女は叫んだ。  必死で叫んだ。 (あたしをおいていかないで! いい子にするから、おいていかないで!)  そして――カペラ・アトライルは目覚めた。  そこは、一見してうち捨てられた廃墟としか見えない、崩れかけ荒れ果てたビルの一室。  コンクリートも剥き出しの薄汚れた壁、絨毯代わりに間に合わせのぼろ布を敷き詰めた床。 カペラが身体を預けている錆びついたパイプベッドと、塗料の剥がれかけた木製のテーブル、携帯用のバッテリーと繋がった小さな冷蔵庫以外に、家具らしき家具もない。  わずかばかりの紙幣で借りることができる隠れ家(アジト)であることを考慮に入れても、あまりにも殺風景な部屋。  窓ガラスすらない四角い窓穴の向こうに、いまだ復興の兆しさえ見せずスラム化した廃墟都市の光景が広がっている。  そんな地表を仄かに照らすのは、漆黒の夜空に浮かんだ、血の色を思わせる紅い満月。  そして、そのすぐ傍らを掠めるように斜めに夜空を貫く、白い一条の帯。  かつて世界をことごとく破壊しつくした『審判の日』以来、この地球を覆うようになった『輪』の姿だった。 (あんな夢を……見るなんて)  ベッドから身を起こして、カペラは自らの頬に触れた。  指先が冷たく濡れている。 (もう涙なんて、枯れてしまったと思ってたのに)  カペラは自嘲げに胸の内で呟いて、ベッドから立ち上がった。  喉がからからに渇いている。  そして同時に、耐えがたいほどの空腹を感じていた。
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