迷い猫、雨のうた

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 そう心の中で呟いた直後、黒猫が飛び出してきた路地の奥から、白衣を纏った二人の男達が飛び出してきた。  先ほどの猫を追いかけるのに必死らしく、男達は目の前にいたカペラの細い身体を力任せに突き飛ばすと、 「邪魔するな、ガキがッ!」  と吐き捨てて、走り去っていった。  その背中を見やって、カペラの表情が怒りに震えた。 「――ふざけんじゃ……ないわよッ!!」  カペラの叫びとともに――その身体から、紅蓮の光が閃いた。  かざされるカペラの細い右腕から、閃光が巨大な炎のつぶてとなって、二人の男達に迫る! 「……ヒィッ!!」 「――うわぁぁぁぁぁぁッ!!」  弾けた炎のつぶてに巻きこまれて、悲鳴をあげる男たち。  炎は男達の肌を嘗め、髪を焼いた。  白衣にも燃え移った炎に、哀れな叫びを上げながらゴロゴロと石畳の上を転がり、逃げ惑うその姿を見て、ようやくカペラは機嫌をよくした。 (ふんっ、いい気味。……でもちょっと、やりすぎたかな)  男たちが逃げ去った後――  片隅のゴミ箱の陰から、先ほどの黒猫がじっと自分を見つめているのに気づいて、カペラはその小さな姿を驚かせないようにそっと近づいた。 「よしよし、怖くないよ。お前、あいつらに追いかけられてたの?」 《ありがとう、助けてくれて》  猫の柔らかい毛に触れた瞬間、脳裏に響いた声に、カペラは絶句した。 《お姉ちゃんも、『能力』のある人なのね》  あどけない少女の声。  そしてそれは間違いなく、眼前の黒猫がテレパスを使って話しているのだと、カペラは瞬時に理解した。  人語を解し、テレパスを操る猫――  そんな存在がいるなんて。 《お姉ちゃん、お願い。わたしをママのところへ、連れて行ってほしいの》  それが、カペラとレベッカと名乗るその黒猫との、奇妙な旅の始まりだった。          ※         ※         ※  紅の月が夜空に揺れている。  狂気の象徴とも、慈愛の象徴とも言われる、その光であまねく街を照らしながら。 「ねえ」  カペラは抱き寄せたレベッカに問いかけた。 「明日だね」  この街が、長い旅路の終着点だった。  戦争の爪痕が刻まれたいくつもの荒野と廃墟の地を越えて、幾度も追っ手と戦い、振りきって。  ようやくレベッカの『家族』が暮らす、この街へとたどりついたのだった。 「本当に、帰るつもりなの?」
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