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『レイニー・フォレスト』は会員制のプライベート・バーである。私服に着替えたミヤケンと澄麗を、薄暗い穴倉のような地下通路へと案内した天童が、突き当りにある古色を帯びた重厚なドアを開けた。とたんにその中から、濃密な霧が溢れるように流れ出し、三人の体を包み込んだ。
「なんでえ、またミストサウナかい?」
「違う、3Dグラフィックだよ」
室内へ踏み込んだ三人は、いつの間にか霧に煙る鬱蒼とした森の中へ迷い込んでいた。そこは、精巧なイミテイションの樹木と3Dグラフィックスを、巧みに組み合わせて造られた人工の森であった。
「これは天童様、いらっしゃいませ」
霧の中から老骨のチーフ・バーテンダーが近づいて来て、静かに微笑み掛けた。
「三名様で御座いますか?」
顔馴染みらしい老バーテンダーは手慣れた仕草で、天童からシルクのコートを脱がせながら、後ろに佇む、革ジャンにGパン姿のミヤケンと、ピンク色のジャージを着た澄麗を一瞥した。
「お客様の御召し物も、お預かり致しましょう」
「ケッ、ケッコウでありんす……」
革ジャンに手を差し伸べるバーテンダーに、ミヤケンがひっくり返ったような声を出して断る。
「紹介するよ、相沢さん。うちの探偵事務所に今度入った、宮田さんだ」
相沢と呼ばれたバーテンダーは一瞬、射るような視線をミヤケンに浴びせた。
「なるほど、新人さんですか。それでは、特別なお飲み物を御用意致しましょう」
森の中を案内する相沢は、注連縄が張られたケヤキの大木の前で立ち止まると、巨大な幹にポッカリと空いた樹洞を指差した。洞(うろ)の中は絨毯を敷いたように苔むしており、切り株を模したテーブルが置かれてあった。
洞の中に潜り込み、苔の絨毯に腰を下ろした天童が二人を手招く。木漏れ日が射すケヤキの梢を見上げたミヤケンは、どこまでが仮想空間でどこまでが現実なのか、さっぱり見分けがつかなかった。
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