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世の中の人間は皆、自分が「普通」だと思っている。たとえどんなに異常な行動をとっていたとしても、それがその人にとっての普通なら普通になり得るのだ。沢山の普通に飲み込まれて、その人の異常は人知れず膨らんでいく。
僕の母親も、そんな人だった。
好きだと言われて愛撫されるのが「愛」だとすれば、物心がついたとき、いや、多分その前からずっと、僕は母親に愛されていた。母親の中の僕はこの世界の何よりも大事な宝物だったのだ。動物図鑑も望遠鏡も地球儀も、欲しいものはすぐにもらえたから、お金、という言葉を知ったのは、ずっと後のことだった。
母はことあるごとに、「静は本当にいい子」だと言った。部屋でおとなしく読書していたからだとか、彼女が起こしに来るまで目をつむっていたからだとか、誰にでもできそうなことばかりで、僕はいい子だと持てはやされていた。
父親は、彼女と僕を見捨てて行方を眩ませた。
僕がはじめてそのことを知り、父親の写真を見たのは物心がついて随分経った頃だった。それまで僕は父親の顔どころか、その存在すらも知らなかった。ドラゴンや天使、妖精と同じように、創作の中にしかいないものだと思っていたからだ。
写真の中で笑う父親は黒髪だったけれど、本当の髪は金色なのよ、と、母は懐かしそうな表情を見せた。僕の髪の色は父親譲り、目の色は母親譲りなのだそうだ。そして目元は鼻は脚は爪は肌の色は癖は仕草は髪質は、父親譲りらしい。何故髪の色が違うのか、これでわかったような気分になった。
「あなたはあの人にそっくり」
だから、愛しているのだという。
そんな話を、僕は毎晩、ベッドの上で何度も何度も何度も何度も、囁かれた。
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