白日

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 僕の一日は母の唇を、舌を受け入れることから始まる。  早朝に夢から覚めても、両手を手枷で固定され、その鎖をベッドの脚に固定されているから、身体を起こすことすら叶わない。ぼんやりと微睡みに思考を委ねつつ、彼女が起きるのをおとなしく待つ。  また夢の中に落ちかけようが、彼女の口づけで目を開けなければならない。上手にキスできたら枷を外して貰え、着せ替え人形さながらに着替えさせられる。  彼女はリボンやフリルがふんだんに使われた服で僕を着飾るのを好んだ。女の子用のタイツやスカート、ワンピースにも、僕は喜んで足を通した。  大きな鏡の前で次々と僕を装飾していく彼女はいつも、おもちゃを買ってもらった子供のようにいきいきしている。僕は彼女の機嫌を損ねないよう、つねに笑顔を浮かべながら、鏡越しにその表情を窺い続けるのだ。  満足した彼女は楽しそうに朝食と昼食を作り、部屋に運んでから仕事に出かける。  母を送り出したあと、僕は図鑑やパズル、与えられたおもちゃで長い長い時間を殺していく。彼女が仕事に出かけている間、夜の8時頃まで部屋から出ることを禁じられていたから、時間を潰すことに没頭するほかなかった。  僕と母の間には、いくつか決まり事がある。  母よりも早く眠り、母と一緒に目覚めること。母のいない間は部屋から出ないこと。トイレ以外を汚さないこと。カーテンと窓を開けないこと、外を覗かないこと。物を壊さないこと。そして、たとえ母がいる時でも、母の私室には入らないこと。  僕の部屋は施錠され、監視カメラと盗聴器が仕掛けられていたけれど、それが功を成すことはほとんどなかった。  約束を破れば、あるいは失敗すればヒステリックに怒鳴られ、髪を乱暴に引かれ、引きずり回されることになる。それから母は嗚咽する僕を立たせ、何度も何度も感謝の言葉を繰り返すよう強要するのだ。体に染みついた恐怖は今でも褪せることなく、僕の心臓を握り続けている。  どう聞かれたらどう答えればいいか、どんな仕草をして、どんなふうに愛嬌を振りまいて媚びればいいかは身体に刷り込まれていた。  見捨てられたら終わりだということは、小さな僕でも簡単に想像できる。だから、僕は息を詰めて、できるだけ彼女の好みの子どもであり続けていた。
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