白日

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「ねえ、静は、生まれる前どこにいたの?」  今から4年前――僕が5歳の頃のことだ。仕事に行く直前、ふいに投げかけられた母の問いに、僕ははじめて言葉を詰まらせてしまった。  生まれる前?  いくら思い出そうとしてみても、答えはまったく浮かんでこなかった。そんなに昔の話ではないのに、何も覚えていない。  僕はどこにいたんだろう。家? 部屋? 土の中? どの答えも正しくない。間違えれば、母を失望させることになる。 「覚えてないよね、ごめんね」  母は少し悲しそうに笑い、僕の髪を撫でる。やってしまった、と思った。嫌われてしまう。立ち上がった母の背中に声をかけようとしたけれど、喉から空気が出てこなかった。  息苦しさと焦りに急かされながら、僕は家中の図鑑を引っ張り出し、やみくもにページをめくった。生まれる前にどこにいたのか。見捨てられないために、なんとしてでも彼女が望む答えを掴まなければいけない。  時計の短い針が11を示しても、12を示しても、僕はその答えを見つけることが出来なかった。長い針があと8周するまでに答えを得なければならない。この部屋に答えはない、とすれば、あと、考えられるのは――、  僕はそっと監視カメラに目を向けた。彼女の休み時間は午後1時から2時までの60分間。1時まであと60分ある。この機会を使わない手はないだろう。
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