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「書生さん、何か御用かい?」
意を決して屋敷の方へと踏み出そうとした瞬間に掛けられた言葉に、叫び声を上げそうになる。
辺りを見回すと、少し離れた所に一人の若い男が立っていた。
着流しに長髪、それはうっすらと夕陽に透ける色をしている。
「どうしたの」
その男は軽やかに言って青年の傍らまでやって来た。
この家の方ですか、勝手に入ってすみません、といったことを青年が喋っている間、男は特に咎める訳でなく興味深げに青年を観ている。
「あの……」
「何?」
「どうして、僕が書生だと?」
男が青年に放った第一声に驚きの色で問うと、男は一瞬きょとんとして、それから端正な顔を崩して笑い出した。
「そんな格好をしていれば誰にでもわかるさ」
言われて青年は自分の格好を見る。紺絣(こんがすり)の下に釦(ぼたん)シャツ、小倉袴――確かに、いかにも書生だという服装である。
普段は周りも同じような格好ばかりだったから、あまり意識していなかったのだ。
そんなことに気付かなかった自分に恥ずかしくなって、青年の顔に微かに朱がはしる。
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