常しえの愛

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 漸く全ての傷を塞ぎ終えると、最後に顔を拭った。既に乾き始めた血糊を優しく剥がしながら、心底愛おしそうに目や唇に触れ最後に顔の右半分を覆う傷をそっと撫でた。 「…まるで眠り姫じゃ……」  キスをしたら目を覚ますような気がして、もう一度口づけをしてみるがやはり目を覚ます事はなかった。  生きているうちにもっともっとこうしていれば良かった、などという想いが今更沸いてくると同時に止まりかけていた涙がまた溢れてくる。  しゃくり上げながらもう何も言わない彼の亡骸を抱き上げると、思うより軽くて驚いてしまった。  そのままではやがて朽ちてしまう肉体を連れて、急いで故郷の水界――世界樹が根を浸す清らかな水の世界――へ戻る。  本来なら穢れを嫌う清らかな水を湛えたその場所は、唯一王族のみが入ることを許される斎場(いつきのにわ)。  竜王が祈るための場所に次ぐ聖域で何人も侵すことができないその清らなる水にヤィデルの肉体を沈め、彼の力の証である睡蓮を浮かべて水棺を作った。 「…これでそなたは永遠に妾のものじゃ。これで良かったのじゃろう?」  あのまま後を追うことを許さなかったのは、そういう意味だったのだろうと解釈して濔崋は立ち上がった。 「今から忙しくなる。落ち着いたら、また来るからのう…」  血に汚れたドレスをその場で脱ぎ捨て、水棺に眠る夫の頬をすっと撫でて斎場を後にした。  それからすぐに、長らく空いていた水界の王座に新しい王がついた。  僅かに齢10の幼い王は、純血のナーガではなく魔族の血を引いていたという。
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