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――思い出しただけで、息ができなくなる。
傷を隠すために巻いた包帯が喉元に絡みついた大きな手のように思えて、引き千切るように解くと傷口に血が滲んだ。
ずっとずっと昔の傷なのにじくじくと塞がる気配のないそれが、包帯の摩擦で小さな血の粒をいくつも作って白い生地に赤い斑模様をつくった。
傍に落ちていた、子供の腕の剥製を手繰り寄せて抱く。それでも気持ちが落ち着かなくて、強く強くそれを抱きしめたまま立てた膝に顔をうずめた。
「目がさめたのか…?」
物音で目を覚ましたミュカが寝台から降りてヤィデルの髪に触れようとしたが、何かに怯えた様子で彼女の手を跳ね退け寝室を飛び出してしまった。
いつもの事に特段驚いた様子もなく、ミュカもストールを羽織って後を追う。
体力的に劣る彼が逃げそうな場所――大概は中庭だった――を月明かりの下で捜索すると、やはり中庭の地面に座り込んで肩を上下させ不規則な呼吸を繰り返していた。
まるで幼い迷子のように小さくなって震えているように見えた背中をすこしの間眺めた後、水辺に座り込んでいた彼に声をかけた。
「……血が出ておるではないか。」
「…………」
「のぅ、ヤィデル。今宵は月が明るいのぅ…かくれんぼをしてもすぐに見つかるぞ。」
羽織っていたストールを彼の肩にかけてやる。
つと見下ろすと青白い月明かりに照らされ光る金糸のような髪がひどく綺麗で、思わずそれに触れ指先を埋め、すっと撫で下ろし毛先を少し取ってくるくると弄んだ。
最初は髪に触れる事も許してくれなかったのに、と出会ったばかりの頃を思い出してクスリと笑ってしまった。
《…もう寝ない。》
そうして髪で遊んでいると、拗ねたような声――ヤィデルは知らない事だが、魔力を供給する見えない繋がりからミュカには心の機微が“声色”として伝わってきてしまう――が頭に響いた。
「そうか。夜風にでも当たろうかの…」
髪を弄るのをやめ、完全に拗ねてしまった様子の彼を散歩に誘う。
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