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《お前に何が解る?ただ与えられる幸福を享受してきたお前に何が――》  小難しい言葉を並べ立ててはいるが、その実聞こえてくる声は悲痛そのものでそれに混ざって悲鳴のようなものすら聞こえていた。  その声にミュカは胸が締め付けられるような痛みを感じ、体を痛めつけられることよりもその痛みよる涙が頬を一筋滑り落ちた。 「…ぅ、わ、妾には解らぬ…じゃから背負う、そなたごと。」  何とかその悲鳴を止めてやれないかと逡巡し今までは出さずにいた想いを口にして、彼の傷をすっと撫で頬に手を置いた。 《やめろ…!》 「嫌じゃ!!」  再び地面に叩きつけられながら勢いよく身を起こし、もう一度…今度は身動きができないほど強くヤィデルを抱きしめて優しく言い聞かせた。 「そなたはもう、一人ではない…その傷も痛みも妾のものじゃ。」  最初こそ抵抗していたが、体力が尽きたのか諦めたように大人しくなった。ずっとミュカの頭に響いていた悲鳴のようなものもぱたりと止んだので、腕の力を緩めて彼から少しだけ体を離そうとすると、ヤィデルはミュカの髪束を少し手に取り軽く引いて引き止めた。 《……眷属のくせに…》 「それで構わぬ。どうせ一蓮托生の運命なら、妾はそなたに寄り添いたいのじゃ…。」  そして手に取った髪がさらさらと手の中を滑り落ちていくのを眺めてから踵を返し、来た道を戻り始めた。 《…………寝る》 「そうじゃの。薬湯を持って来よう…」  落ちていたストールを拾い上げ、来たときと同じようにヤィデルの少し後ろをついて歩いた。本当はその隣に並んで歩きたいけれど、今はまだそれはできないのだというのも解っていた。  そんなことを考えながら歩いていると、つと彼が立ち止まるのでぶつかりそうになってしまう。 《ミュカ》 「なんじゃ?」  初めて彼女の名前を呼ぶ――ミュカにはそれがひどく嬉しくて、破顔しそうなのを必死に堪えて短く返事をするに留まった――何か言いたそうな様子だったので待っていたが、結局は何も言ってこなかった。 《…いや。いい…》 「そうか。」  その時言いかけた言葉は、いつか聞くことができるんだろう。  そう思って今度はヤィデルの手を取り、少し引っ張るように歩き出した。月が明るく照らす庭の草木は、相変わらず穏やかな風に揺れているだけだった。
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