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  人が歩む道こそが『人生』で、人生において本人こそが『主人公』になる。 自分の人生で他人が主人公な人生ではない。寧ろ、自分の人生で自分が主人公なわけだから。主人公とか脇役とか、他人が決めつけたカテゴリーまたはフォルダに該当する。 例えば、遊園地。協調性ある人は、無難に行列に並ぶ。『主人公気質』は行列さえも無視する。大概ハーレムなんぞ引き連れているからね。周りの事を無視して、『主人公気質』は自分以外が見えていないからハーレムなんぞが騒いでも構わない。だけど、ハーレムなんぞが傷付いた場合は『正義』を気取る。俗にいう『偽善者』。逆に、ハーレムなんぞ引き連れてなくても、幼友達とかと複数でいる『脇役主人公擬き』とか『アンチ主人公』は行列に並ぶも大概トラブルに巻き込まれる。俗にいう『巻き込まれ主人公』。 常々疑問に思うのは、『巻き込まれ主人公』は何故『主人公気質』から離れないのか。嫌うなら徹底的に離れれば良い。『名前変える』『引っ越す』『転校』とか。親や周囲が『主人公気質』を擁護するならば、極秘または秘密裏(ひみつり)に行動すれば良いのに。『巻き込まれ主人公』ってのは『おっちょこちょい』が多い。因みに、主人公には男女関係ない。 大学生活で、その手の『巻き込まれ主人公』や『アンチ主人公』や『主人公気質』を見る。そして、顔や容姿で好意と好奇心を持って彼ら彼女らに集(たか)る人達を見る。その群れから離れて、目立つ顔を前髪や鬘(かつら)や眼鏡で隠したりメイクで隠したりした。例え鬘や眼鏡が取れても、メイクは落とさない限りバレない。メイクに関しては、諒叔父さんに仲介して貰ってメイクアップの人からメイクの手解(てほど)きを学んだ。季節ごとにメイクを変えたから確実にバレなかった。  
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