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  今のぼくには、その頃のぼくに気安く声をかけた男はいない。知り合いにもいない。 きっと、会いたくない相手だったのか。それとも、いつか会う相手なのか。今のぼくには、全く判らない。 もし、何かのメッセージならば。もっと簡潔に教えて欲しい。記憶だけのメッセージは、解読出来ないから。 今のぼくは、その頃のぼくとは違う生き方をしている。きっと、周囲の環境も違うのだろう。ぼくは、生まれた時から『後継者候補』と呼ばれていた。そして、今も。何故なら、ぼくの父親は旅館を経営する祖母の下で働く料理人。 父親には四人兄弟の次男坊。長男は警視庁のエリートでアメリカに出向という名の栄転。アメリカに暮らしアメリカに留学していたという女性と結婚した。子供はいないが、毎日新婚気分な二人だ。三男は料理人だが菓子にはまりパティシエとして仕事中。花の独身らしいが恋人はいるから、いつかは結婚するのだろう。なので、父親は旅館の跡取りになる。本人は旅館の跡取りになりたくないらしいけれど。祖母が大女将で長女で父親の妹が女将として旅館経営をしている。母親は料理人であり料理教室の講師。たまにテレビで料理を教えている。 旅館経営に興味は全くない。つまり、結局は一人息子のぼくが『後継者候補』になる。 けれど、世間は甘くない。他にも、『後継者候補』は存在する。女好き酒好きの祖父には、複数の妾(めかけ)がいたらしくて。祖父の葬式に、妾との間に出来た子供の子供が参列していたらしくて。祖母は何も言わないけれど。その子供達も、成績優秀だったり、才色兼備だったり。祖母にしてみたら、選り取り見取の『後継者候補』になるだろう。  
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