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朝のニュースによれば、今日は日本中どこでもスカッとした夏らしい陽気になるそうだ。関東中、気温は三十五度を超えて、熱中症には気を付けてほしいと、いかにも涼しげな顔でキャスターが喋っている。僕の住んでいる辺りは内陸だから、ともすれば気温三十八度なんてざらにあるのだけど、幸い標高がちょっと高い場所だから騒ぐほど暑くはならない。
ニュースの予報を聞きながら、僕は内心でわくわくしているのを理解していた。明日からは待望の夏休みなのだ。当分はこの半袖のワイシャツに袖を通すこともない。とは言っても、一応僕は中学三年生。受験生の身分だ。受験勉強はきちんとやらなきゃいけない。暑さよりもこっちの方が、僕にとっては大きな問題だ。あぁ、嫌だね全く。
ぼやいている間に出発の時間が迫る。慌てて朝食を掻き込むと、玄関先に放ってあった鞄をひったくって玄関を飛び出す。自転車に跨れば、目の前には緑の木々をたくさんに茂らせた大きな山が迎えてくれる。と言っても、この辺りじゃどの方角を向いても、そんな山々しか見えない。県内でも北の端に位置するこの町は、山また山の中にある。
家を出るとすぐ目の前は国道だ。黄色いセンターラインに片側一車線の、どこにでもありふれた地方の幹線道路。大昔はここから峠を越えて、北隣の県に通じる立派な街道だったらしいけど、こんな朝早くにここを通過する車は一台もない。「路肩注意」と書かれた棒も、へなへなと傾いている。サドルから腰を浮かせて、体を前に傾けて、ペダルを思いっきり踏み込んでやる。すると一気に速度が出る。幾ら日中が暑くなると言っても、この時間はまだ過ごしやすい。自転車を立ち漕ぎすれば、全身に風が当たって気持ちがいい。ただし、風が当たるのは何も自転車のせいだけじゃない。国道を少し行くと、右手に広い水面が見えてくる。この広い水面は、大脇湖という人工の湖だ。ここを流れる龍波川をダムで堰き止めて作った湖で、これがあるお蔭で夏でもとても涼しい。学校の行き帰りの自転車も、全然苦にならない程だ。
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