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やがて国道は「海野尻橋」と書かれたプレートのついた橋で、この湖を渡る。赤い欄干のついた橋の上は、自転車で飛ばすと一番気持ちがいい場所だ。橋の下から風が吹きあがってきて、さらさらと顔を撫でていく。橋の真ん中でちょっと自転車を止めて、振り返ってみる。山並みの中に、一際高い山が聳えているのが、ここからだと一番よく見える。あれがこの湖を見渡せる陣場山だ。あそこから見下ろした湖の景色は格別……なんだけど、今は先を急がないと。
橋を渡りきると十字路だ。真横からこの国道にぶつかる大きな道は、つい数年前にできた国道のバイパスで、今しがた走ってきた道路を反対側の湖岸で迂回していく。真っ直ぐ行くと、都会でもちょっと名の知れた温泉郷がある。その角にある「道の駅大脇ダム」の前、一台置かれた自転車の脇に僕の自転車も止める。これもバイパスができたことで作られた、まだ新しい施設だ。鞄を固定していたゴム紐を解くと、自転車の鍵もかけずに一目散に道の駅の脇にある階段を駆け上る。だっと駆け込んだそこは、道ではなくて「電車の」駅だ。電車の駅に道の駅が後からくっついた、少し奇妙な場所なのだ。
間に合ったとホームで息を切らしていると、ふと声をかけられた。
「まーたギリギリに来て。あと一分で遅刻」
一本しかないホームの真ん中、木でできたベンチに腰かけて、こちらに呆れたような目線を浴びせる、女の子。白の半袖のブラウスに、紺色のスカートを履いている。ブラウスには、僕のワイシャツと同じ校章がプリントされていた。つまり。
「いいじゃん水原、間に合ったんだし」
「ダメ。み……新牧先輩が間に合わなかったら、私が文句言われるんだから。ちゃんと起こしてこいって」
口を尖らせながら近づいてくるこの女の子は、同じ中学校に通う知り合いの、水原澪。知り合いと言っても、同じ地区に住んでいるからもう幼馴染みたいなものだ。向こうが僕の一つ下。だから僕を「新牧先輩」と呼ぶ。昔は「みっちゃん」って呼んでいたのに、最近やけに他人行儀だ。だから僕も、最近「水原」って呼ぶことにした。こっちも昔みたいに「澪ちゃん」って呼ぶのは――色々と恥ずかしい。
「ふぅー、ギリギリセーフ!」
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