2人が本棚に入れています
本棚に追加
僕たちの通う学校は電車で二駅先。電車と言っても二両編成で、ドアは車両の端っこについているだけ。向かい合わせの赤い椅子が並んでいて、都会の電車とは大違いだ。駅と駅の間も長いし、山の中を走るから速度も遅くて、たった二駅なのに十五分もかかる。おまけに本数が少ないから、一本逃せば遅刻以外に選択肢がない。電車の時間を無駄にしないためにも、いつもなら単語帳の一冊でも広げていたりするのだけど。
「明日からいよいよ夏休みだー!」
能天気な貴浩の声が、電車いっぱいに響く。今日は授業もない。だから今日くらいは単語帳も鞄の中に入れておいても、怒られはしないだろう。終業式をやって、連絡を聞いて、それでおしまいだ。早ければ昼前には帰れるだろうか。帰ったら何をしてやろうか。
夏休みの算段をあれこれしていたのがばれたのか、水原がまた呆れ顔でこっちを見ていた。
「……何くだらないこと考えてたの」
「くだらない? くだらなくなんてないぞ」
「どうせ夏休み何しようとか、今日午後から休みだから何しようとか、そんなことばっかり考えてたんでしょ」
ぐぬぬ。悔しいけど正解。
「言っとくけど、新牧先輩は受験生なんだから。勉強もしなきゃダメでしょ。宿題だっていっぱいあるんだし」
「あー、聞きたくないねその言葉」
宿題。聞くだけで嫌な響きだ。まだ公式にどんなものが出されるか全然知らないけど、それでも一カ月の休みの代償は大きいに違いない。これは経験則でわかる。
「澪ちゃん、そんなこと言ってたら夏休み楽しめないよ。だから彼氏できないんだ」
「うっさい」
天真爛漫な貴浩に痛い所を突かれて、水原も顔をしかめる。母親みたいにお小言が多いからか、それとも運動ができてやたらボーイッシュなところがよくないのか、この年頃の女の子の浮ついた話は聞いたことがない。僕だって他人の事は言えないけど。
「あんたにはまだ早いのよ」
「あーっ、言ったな! オレだってその気になれば彼女くらい……」
「その気ってどの気よ? 元気? やる気?」
「都会に出たらいるもん! こんな田舎だからいないんだ!」
子供じみた喧嘩を始めた二人をよそに、僕は窓の外に目を向けた。そして水原によって遮られた、今日の午後のプランを練り始めた。折角の夏休みなんだ。スタートから思いきり楽しまなきゃ。
最初のコメントを投稿しよう!