〈七月十九日(金) 晴れ〉

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僕たちの通う学校は電車で二駅先。電車と言っても二両編成で、ドアは車両の端っこについているだけ。向かい合わせの赤い椅子が並んでいて、都会の電車とは大違いだ。駅と駅の間も長いし、山の中を走るから速度も遅くて、たった二駅なのに十五分もかかる。おまけに本数が少ないから、一本逃せば遅刻以外に選択肢がない。電車の時間を無駄にしないためにも、いつもなら単語帳の一冊でも広げていたりするのだけど。 「明日からいよいよ夏休みだー!」 能天気な貴浩の声が、電車いっぱいに響く。今日は授業もない。だから今日くらいは単語帳も鞄の中に入れておいても、怒られはしないだろう。終業式をやって、連絡を聞いて、それでおしまいだ。早ければ昼前には帰れるだろうか。帰ったら何をしてやろうか。 夏休みの算段をあれこれしていたのがばれたのか、水原がまた呆れ顔でこっちを見ていた。 「……何くだらないこと考えてたの」 「くだらない? くだらなくなんてないぞ」 「どうせ夏休み何しようとか、今日午後から休みだから何しようとか、そんなことばっかり考えてたんでしょ」 ぐぬぬ。悔しいけど正解。 「言っとくけど、新牧先輩は受験生なんだから。勉強もしなきゃダメでしょ。宿題だっていっぱいあるんだし」 「あー、聞きたくないねその言葉」 宿題。聞くだけで嫌な響きだ。まだ公式にどんなものが出されるか全然知らないけど、それでも一カ月の休みの代償は大きいに違いない。これは経験則でわかる。 「澪ちゃん、そんなこと言ってたら夏休み楽しめないよ。だから彼氏できないんだ」 「うっさい」 天真爛漫な貴浩に痛い所を突かれて、水原も顔をしかめる。母親みたいにお小言が多いからか、それとも運動ができてやたらボーイッシュなところがよくないのか、この年頃の女の子の浮ついた話は聞いたことがない。僕だって他人の事は言えないけど。 「あんたにはまだ早いのよ」 「あーっ、言ったな! オレだってその気になれば彼女くらい……」 「その気ってどの気よ? 元気? やる気?」 「都会に出たらいるもん! こんな田舎だからいないんだ!」 子供じみた喧嘩を始めた二人をよそに、僕は窓の外に目を向けた。そして水原によって遮られた、今日の午後のプランを練り始めた。折角の夏休みなんだ。スタートから思いきり楽しまなきゃ。
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