餓の章 神山兄弟

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――――果たして、彼らは本当に僕の存在をきちんと認識していたのだろうか。 階段にいた片山教員。彼は僕の言葉を聞いていなかった。 それどころか、視線さえ向けようとしていない。 次に一階の給仕婦。彼女は兄のことを知っていた。 ならば、同じ部屋にいる弟である僕のことを知らないはずがない。 それなのに僕のことを変質者呼ばわりした。 いくら腫れぼったい目と青白い顔をしていても、知っている顔の人間を普通そうは言わないだろう。 玄関ホールにいた美藤も。目が見えていないから僕に気づかないのだと思っていた。 でも――――。 「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」 浅い呼吸は続く。呼吸とは別に手に伝える腸の脈は驚くほど緩やか。 ただ、生きていることを示すかのように強く、脈を打つ。 「あ……あ……」 兄との会話だってそうだ。 僕は彼と会話をしていたと思っていたが、そのすべてが独り言ではなかったと否定できるものではない。 ただでさえ独り言の多い人間だ。 玄関の靴のことだって、僕の靴だと認識しておらず、ただ自分が誰かから買ったものだと思ったのかもしれない。  
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