堕の章 桐谷 涼太

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【1986年7月6日23時30分・???】 「――死んで下さい、さようなら」 肉声が皆同じものであれば、それこそ誰が言ったか分からなくなる程に小さく、薄く唇を揺らした。 その後、凍り付いた瞳を鋭利に細め、彼女は男の耳元にふうっと息を吹きかける。 「おい!! 何のつもりだお前っ!! 冗談じゃ済まされねえぞっ!! さっさとこの錠を解けよっ!!」 「……」 少女は男の訴えになど耳もくれず、セーラー服の胸ポケットからキラリと光る何かを取り出した。 それが切っ先の尖ったナイフ、いや、よく医療番組などで目にするメスだと知り、男の顔色がみるみる内に青ざめていく。 「ひいっ!! な、何だよ……それ、何でそんな物を持ってんだよ!? 俺が一体何をしたって言うんだ!?」 「……お祈り中に、振り返ったわ」 「振り返った!? だから何だよ!! そんなのお前には関係ねえだろ!!」 頑丈な鉄で固定された首と両足。自由のきく両腕を威勢よく振り回してはみるものの、もはや立ち上がることは愚か、寝返りを打つことさえ許されない。  
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