堕の章 桐谷 涼太

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咄嗟に聞き直してはみたものの、正直、それ処では無かった。 下降しているのだ。刃を握る自らの手が。 「わわ、分かった、分かったから一之瀬!! こいつをどうにかしてくれっ!! 今までお前を馬鹿にしてきたことなら謝る!! 手が、手が勝手に動くんだ!!」 「――もう、止められないわ」 メスを握る男の肘がくの字に折れ、全身が小さく打ち震える。 「ふ、ふざけるなっ! 止められない訳がねえだろう!! 頼む一之瀬!! 早く俺の手からメスを取ってくれっ!!」 絶叫の先に彷徨う恐怖。大口を開け、過呼吸気味に訴える。 「――無理よ」 それでも冷徹な眼差しは変わらなかった。 「ひいいっ! 止めろっ!! 来るな! 来るな――っ!!」 男は決死の形相で腕に力を入れ自らの行為に抗おうとした。 友人を引き連れ罵り続けた過去を悔い、もう二度と彼女を罵倒しないと心に誓った。 しかし、どれだけ後悔を重ねても、どれだけの懺悔を上積んでも、決してその距離が縮まることは無かった。 そして遂には銀色に輝く鋭利な刃物、その切っ先が青年の皮膚を突き破った。 「うがあぁぁががああぁぁぁあああ――っ!!!!」  
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