堕の章 桐谷 涼太

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【1986年7月7日6時50分・体育倉庫】 早朝、体育倉庫を開けると、1人のクラスメイトと目が合った。 「――ひいいっ!」 跳び箱やバレーボールなどが無造作にしまわれた薄暗い四つ角の隅で座り込み、ガタガタと打ち震えるその男はまるで殺人鬼と対峙でもしているかのように脅え、小動物のような眼差しで俺を見上げている。 「頼む! 止めてくれ、殺さないでくれ!」 殺す!? 何を言っているんだ? いつものような威勢が微塵も感じられないじゃないか。 「岩渕……だよね? どうしたのこんな所で?」 「心臓を取られた! 振り返ってはいけなかったんだ!! あの女は狂ってる!!」 「――心臓を取られた?」 薬でもやっているのか? 明らかに様子がおかしい。 先日転校してきたばかりだけど、この男のことなら良く知っている。 岩渕 武志(いわぶち たけし)。 身の丈も声も人一倍大きく、頭に血が昇りやすい単細胞。 寝ても覚めてもケンカに明け暮れ、目線を合わせるだけでも危険だと何人かから教わった。  
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