堕の章 桐谷 涼太

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前に貸した消しゴムも無言で机に戻ってきた。 そんな彼女が誰かに話しかけている姿など、この学校にきて3週間、未だ1度も見かけたことは無い。 「一之瀬部活してないよな? 昨日体育も無かったし、それなのに何で体育倉庫に?」 「分からないわ」 薄く開いた唇の隙間からも一切の感情は漂わない。 「ちなみにこれって? 押しても何も起きない」 「……スタンドライトのリモコン」 「スタンドライト?」 「ええ、最近買ったの」 本来なら直ぐに返せば良いものをいつになく躊躇しているのは、 さっき岩渕の話を聞いたからだろう。 口を閉ざした彼女を前に、俺は少し考え、 違う角度から質問を重ねた。 「心臓が入った瓶、知ってる?」 じいっと瞳の奥を見つめる。 「知らないわ」 「体育倉庫で岩渕と会ったんだ」 「……そう」 「一之瀬のことを言ってた」 「…………」 ここで初めて一之瀬はぴくっと眉をひくつかせると、その後、 ゆっくりと俺に手の平を差し出した。 「礼拝まで時間が無いわ。早くそれを」 「ああ……悪い」 黒く無機質なリモコンを手渡しながら、疑いの眼差しで見つめる。  
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