堕の章 桐谷 涼太

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「母親は父親のことを何も教えてくれない。だから自分で探すしかないんだ。ダルマの呪縛という奇妙なフレーズも気になった。何故父は母と結婚しなかったのか。 母と俺を捨てた男は今ここで何をしているのか。正しいことを知り、正しいことをしたい。ドクター・ハンブルのように」 「ドクター・ハンブル? ……好きなの?」 「ああ、他の誰よりも尊敬している」 心の奥底に眠る“あれ”を隠すように、俺はハンブルについてを口にした。 ドクター・ハンブルとは、今からちょうど十年前に世界を震撼させた天才外科医のこと。 国籍、性別、年齢などは一切公表されておらず、不治の病に命を諦めた人の下に突然現れ、たちまち病気を治してしまうという信じられない医学を持った伝説の医師だ。 幼少の頃からずっと、俺は彼に憧れていた。 「……彼は歴史に残る大犯罪者よ?」 そう、大犯罪者。 百年先を行くと謳われた彼の医学は、時にこの世界の法律を大きく逸脱した。 患者の喜び、そして感謝、その数が増えれば増えるほど、彼を非難する者の声もまた一層の激しさを増した。 結果、ロシアで身柄を拘束されたドクター・ハンブルは、実に二百八十八もの刑を科せられ処刑されてしまう。  
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