火の章 美藤 祐

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【7月8日10時00分・男子寮】 ──起きたら眼球がなかった。 はじめは〝ボォォォオ〟という礼拝の開始音が聞こえて起きた。 けど起きても真っ暗だった。 窓から差す光は見えず、「まだ深夜か」と思って俺は二度寝した。 しばらくして、目元で何かが動く気配を感じた。そして起きたんだ。 顔の上を、プツプツと虫が這っている気がした。 反射的に自分の顔を叩くと、昆虫独特の油っぽい硬さが指先に触れた。 ……ゴキブリだ。逃がしたぞ。 害虫へ対する理屈抜きの怒りと、顔を這われた不快感。そんな感情たちが、寝惚けていた俺の意識を睡眠から引き剥がすように覚醒させた。 目元に異物感。左目が勝手に動いている気がした。 いや確かに感じる。目の内側で何かがゴソゴソと動いている。 「なあ、起きてるか!?」 向かい側のベッドに声をかける。けど、返事はなかった。 真っ暗な視界に「電気を点けなきゃ」と、ベッドから降りる。 宙を彷徨った手が、電灯の紐を探り当てた。紐を引っ張るとカチッという音が鳴った。 が、明かりは点かない。その間も、左目のゴソゴソはとまらない。  
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