魔の章 泉澤 順次

47/48
前へ
/312ページ
次へ
呼吸を整えながら、涙目の彼女は最後に言う。 「……ねえ、あたしの涙、拭いて?」 ──俺はドライヤーを口にくわえ、霞の髪を乾かしていた。 口からはよだれがポタポタと落ちた。 霞の髪が乾いたころ、彼女は俺のベッドから立ち上がり、俺を抱えて台所に立った。 「じゃあご飯にしよっか? 今日はジュンくんの好きなカレーだよ。包丁で指を少しだけ切っちゃった。 けど、痛みを返してくれてありがとう。それに、カレーってこんなにおいしいのね、初めて知った」 霞はスプーンですくったカレーを自分の口に入れ、クチャクチャと噛んだ。 そして、ゆっくりと首をななめに曲げ、綺麗な鼻先を俺の顔に近付けた。 「ま、アッ」 ……口移しで運ばれたカレーは、匂いも熱も味もなく、霞の唇の感触もなかった。   完  
/312ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11473人が本棚に入れています
本棚に追加